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ワタシはよく11歳に見えないと言われる。
大人っぽく見えるのだそうだ。同じくらいの年齢の女の子たち向けの雑誌のモデルをしていて、これでも少しは家計を助けている。
それがワタシのちょっとした誇りだ。やさしくて大好きな卓郎を助けていると思うと、ワタシの中から底なしの井戸から溢れ出る水みたいに、不思議な力が湧き上がってくるのだ。
ワタシは、なんでも「カリスマ子役モデル」なのだそうだ。
カメラマンや編集の人がそう言う。自分でも仕事が多いから、実感のようなものはあまりなくても、たぶんそうなんだろうなと思う。
写真を撮られることや、たくさんの洋服を着たりするのは嫌いじゃない。
でもワタシが一番好きなのはやっぱり卓郎といることだし、卓郎と一緒にいると心がしんと落ち着くし、なごむし、やさしい気持ちになる。
卓郎だけいればいいと心から思う。
「あーあ、そんなことじゃ全国2万人の杏ファンの女の子が哀しむな」
ダイニングテーブルの向かいに座っている卓郎が、わざとらしくそんなふうに言う。
ワタシは右手でスプーンを持ったまま、卓郎を見る。
「そういうふうに言わないでよ」
「今度インタビューで答えるんだろう? 『ワタシはニンジンだけは食べられないんです。栄養価が高くって、身体にいいってことは十分わかっているんですけど……もごもご』って」
「そんなこと訊かれないもの」
「いいか杏、いいモデルになるにはカロチンが必要だぞ」
「……」
ワタシは卓郎を見る。それから、スプーンでビーフシチューの中に入っているニンジンをすくって、それをゆっくりと口に入れる。
おいしくない。思わずうえっってなる。
それでも意地になって、味なんかわからないように味覚を遠ざけるようにしてそれを噛む。苦甘い。
「……ほら、食べたよ」
「えらいな杏。でも、あと3つ入ってるぞ」
卓郎はそう言って微笑むと黙ってシチュー皿を指差す。
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