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卓郎はママの最後の恋人だった。
女優として人気のあったママは、恋多き女だったそうなのだけれど、卓郎と出会ってそれはそれは激しい恋に落ちたのだそうだ。
そのとき私はまだ6歳だったから詳しいことはわからないし覚えていないのだけれど、幸せそうなママのイメージだけがつよく残っている。
ママはワタシが6歳だった冬に、撮影中の事故がもとで死んだ。
身寄りのなかったワタシを、当時の恋人だった卓郎が引き取った。それ以来私たちは一緒に暮らしている。
家族でもなんでもなく、おまけに当時まだ先生になって1年しか経っていなかった卓郎がそんなふうにしてくれたなんて、いま思うと信じられない。
それでも、卓郎は6歳のワタシを引き取ってくれた。
一緒に暮らしてくれた。
たったひとりの家族になってくれたのだ。
ただ、ワタシは卓郎のことはパパとは呼ばないしお父さんとも呼ばない。
子ども心にも、卓郎がお父さんではないことはわかっていた。
6歳というのはそういう意味では中途半端な年齢だった。
だから、そのとき小学校にあがる直前だったワタシは、卓郎のことは卓郎と名前で呼ぶようになった。
当時はまだ舌たらずで「タクロー」と呼んでいたらしいけれど、それでも小さなワタシにはママが残したマンションの部屋の中で卓郎と一緒に暮らす他はなかったのだ。
そのときのことを(いまから5年ほど前のことでしかないのだけれど)ワタシはよく覚えている。
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