1.ベランダ

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 ただでさえ広いマンションの部屋は、ママが死んでもっと広く感じられた。  部屋の隅に、いつも薄暗い影があるように感じられた。部屋に一人でいると、怖くて、いつも泣きそうになったし実際に声をおしころして何度も泣いた。  昼間なのに頭から布団をかぶって、幼いながらに、ワタシは世界で独りぼっちになってしまったのだということを強く意識していた。  それはとてもかなしく、つらい感情だった。 「かくれんぼか杏? ばればれだぞ」  ふいに布団がめくられる。そこには卓郎が立っていた。まるでいたずらっ子を見つけたときのように、私に向かって笑って見せた。 「……違うもん」ワタシは卓郎と目を合わせず、シーツのしわを見つめながらもごもごとそう答える。「そんなんじゃないもん」 「杏。オレは話すときにはちゃんと相手の目を見るのが好きだな」  卓郎はしゃがみこんで私の視線の高さに合わせる。それからワタシの頬を両手で押さえると、ワタシの顔をちゃんと自分の方に向かせた。 「杏。昼ごはん出来たぞ。一緒に食べよう」  何でもないことのようにそう言うと、卓郎は布団にくるまったままのワタシを抱き上げて、嫌がるワタシを無理矢理ダイニングテーブルのところまで連れて行った。 「ちょっと、やだ、やめてよ。タクロー。自分で歩けるよっ」  卓郎の肩の上で、手足をバタバタと動かしながら、ワタシはそんなふうに言ったものだ。  最初の頃、ワタシは卓郎に決してなついてはいなかったけれど、部屋の中に卓郎がいてくれたことにどこかでは安心していたのだといまは思う。  いまになれば、そんなふうに思える。
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