喝采

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彼と一度、横浜へ行きました。それが私が生きていて一番自慢の出来るデートらしいデートでした。彼が車で私の家に迎えにきた瞬間から、家の前で別れた瞬間まで細かく覚えています。私が手を引いて歩くデートでした。車を駐車場に止めて、横浜の街を暗くなるまで歩き回る東京周辺に住んでいる人なら誰もが一度は経験するデート。丁度いい時間にマリンタワーに入り暮れ行く海辺を二人でいつまでも眺めていました。光る遊覧船や観覧車。だんだん青から碧に変わってゆく海。時間が経つにつれて増える人や何処からともなく届く美味しそうな香り。増える人波に私が飲まれても、振り返ればそこに彼は居ました。何度も来た事のある横浜の街が、凄く奇麗に凄く美しく、初めて来た場所の様になったのは初めてです。  私は時々、目を閉じてその時の景色を思い出すのです。『またあんな日々が戻ればいいのに』と現実逃避をしてから目を開けて、現実にうんざりするのです。  そんな彼が死んだのだと実感したのは、会社に有給休暇の申請をした時でした。あぁ、私は彼の故郷まで行くのだ。もう二度と行かないだろうと思っていた、あの場所に行くのだ。と思うと突然涙があふれてきました。もしあの場所にもう一度行く事があるのなら、彼ともう一度やり直す時だろうとなんとなく思っていたのです。それなのに、彼のお通夜とお葬式で行くなんて夢にも思っていませんでした。
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