喝采

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彼の故郷は神戸です。横浜に二人で行った時も、彼は常に神戸と比べていました。そして神戸の街の方が奇麗だから、一度私に見せたいと言いました。二人で神戸に行ったのは一度だけ、しかも別れた後に。正確に言えば二人で行ったわけではなく、神戸で彼に会っただけです。特に連絡をとっていた訳ではないのですが、神戸へ向かう事をなんとなく連絡してみた所彼が休みを取ってくれました。その時の事も、彼の車を見つけた瞬間から別れるその瞬間まで覚えています。 「久しぶり」 と私がつぶやくと、彼も嬉しそうに 「久しぶりやなぁ」 と言いました。少しだけお洒落をして、二人でご飯を食べて下らない話ばかりしていました。彼は何かとつけて 「なぁ瞳。」 と私の名前を呼びました。久しぶりに彼に、彼の声で名前を呼ばれるのが嬉しくて終止私は笑顔でした。彼は、関西弁で、ゆっくりと流れる様に喋る人でした。そのリズムは私が今までに出会った事無いリズムで、そこも彼の好きな所の一つでした。口数が多い訳でも、一言で重い事を言う人でもないのですがいつも私は彼の一言に飲まれそうになるのです。負けない様に、私も 「ねぇ修(しゅう)君。」 と彼に呼びかけました。  その日彼は私のホテルの部屋に来て、私を抱きしめてくれました。付き合っていた頃の様に、彼は優しく、私の目を見て何も言わずに、ただがむしゃらに私を求めました。それに負けないぐらい、私も彼を求めていたと思います。 「なんか、久しぶりだけど、凄く居心地がいいね。」 ふと私がつぶやくとにっこり笑って腕をのばし、彼の上にまたがっていた私を引き寄せると強く長いキスをしました。 「ほんま、久しぶりやなぁ。」 彼はしみじみと、先ほど会ったばかりの時と同じ様に私に言って、また強くキスをしました。  彼に会ったのはそれが最後でした。二年前の春。まだ新年度のゴタゴタに人々が振り回されている頃、私は幸せでゆっくりとした時間を過ごしたのです。
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