喝采

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 「一人で乗る新幹線って、凄く退屈。不便だけど、夜行バスの方が好きだわ。」  そんな事を彼に言った事があるなぁと、昼時の空いている指定席でビールを飲みながら思いました。指定席にはノートパソコンを開き、読み終わったスポーツ新聞を座席のポケットに入れているスーツ姿の男たちばかりでした。  私はどうしてだか、新幹線で眠れません。どんなに酒を飲んでも、薬を飲もうとも、なぜか眠れないのです。普通の電車や特急等では乗り過ごすほどぐっすり眠るのですが、新幹線だけはダメなのです。なので何処へ行くのにも、行きは新幹線で行くのですが帰りはよほど急いでいない限り、高速バスを使います。 「もうえぇ大人なんだしお金もあるんだから新幹線で帰りや。」 最後に会った時、別れ際に彼は言いました。 「お金の問題じゃないのよ。新幹線が好きじゃないの。」 「夜行バスなんかで寝てたら体壊すで?」 「あら、貴方は毎日、自分で運転して東京からこっちまで来てたじゃない。」 私がそういうと 「せやなぁ。」 と彼は納得した様にふっと言葉を吐き出しました。彼の仕事は当時、長距離運転手でした。普通自動車免許で運転出来る範囲の車で、荷物を運んでいました。一週間の半分は車の中で過ごしているような人でした。 「俺が明日休みやったら、東京まで送るんやけどなぁ。」 彼は続けて言うのですが、私は 「そんな事してたらキリがないわ。」 と答えてしまいました。そのまま別れて、それっきり。私の最大の失敗です。あのとき、東京にまたおいでよの一言が言えなかったのです。  彼と最後に会ったあの時に、彼はポツリと 「こっちに住んだらえぇ」 と言いいました。私は、素直に答えられませんでした。答えなかった事に関しては、失敗だったと思っていても後悔はしていません。何も見えなかったのです。私がもう一度、彼と一緒に居るヴィジョンが全く見えなかったのです。
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