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 鎌谷さんが出て行ったあと私は玄関で呆然としていた。柴さんと相談しろというのは、俺は関係ないという意思表示だと思った。突き放された。 「……」  玄関から部屋に戻りグラスを片付ける。長谷川さんとスマ乳副社長の話では、長谷川さんが妊娠したときに鎌谷さんは同意書にサインした。そして産む気があるなら鎌谷さんの子供として育てればいいと言った。だから今回も同じことを提言してくれると思っていた。柴さんと別れて俺と寄りを戻せ、子供は俺の子供として育てろ、と。  でも言ってくれなかった。そんな淡い期待はあっさりと崩れた。鎌谷さんと付き合っていたのに柴さんと関係を持ったのだから当然だ。鎌谷さんが呆れるのは至って普通の反応。 「……」  そして私には言わなかった言葉を長谷川さんには掛けたのは当然、鎌谷さんにとって長谷川さんは唯一の人だから。長谷川さんを大切にするからこそ鎌谷さんは苦肉の策に出た。私に同様のことをしなかったのは私は特別じゃないから、鎌谷さんにとって私はただの知り合いでしかないから。結局、そこに行き着いた。 『ボケが! 腹ん中には人間がいるんだぞ? 何、寝ぼけたこと言ってんだよっ』 「……」  この中に人がいる。生き物がいる。紛れも無く柴さんとの子供、柴さんの血が流れている。産みたくなんかない、育てたくなんかない。堕ろしたい。でも歴とした命を自分の意思で消すなんて……。 .
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