不機嫌な王子さま

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不機嫌な王子さま

「てめぇ…なんつった?」 「いえですからあの…」 「ここはおとぎの世界とやらで? シンデレラの国だ? 冗談はその身長だけにしとけよ」 「でもそ、その通りなのです。あなたには王子不在の代わりに王子になっていただき、シンデレラの物語を完成させてほしいのです」 ことの事情をなるだけ丁寧に説明するのだが、いかんせん童話の世界の話なので詳細に語れば語るほど控えめに言ってファンタジック、はっきり言うとカオスだ。 よって自我の強さを窺える鋭い瞳が馬鹿にされているのかと気分を害したように細められて、大臣はぶわりと嫌な脂汗を額に浮かべることになった。 性格がそのまんま顔になるこの世界の親切設計とは違って、あっちの世界の人間は見た目で人となりを推測したら痛い目にあわされるらしい。 黒のくせ毛は何の手入れもしていないのだろう無造作なのに、絶妙な毛流れで彼の顔周りに沿い、甘いマスクに野性味を伴わせている。程良く筋肉のついた体格もまたワイルドでありながら、生まれてこの方余分な脂肪を知らないまま育っただろうしなやかさも兼ね備えており、男らしさと中性的な輪郭をじつに巧妙な比率で併せ持っていた。 黙っていれば窓際に立って外の景色を眺めながら白いティーカップを口に傾けていそうな、まさに王子様な造作。平凡に生まれたそこらの男子からはおそらく、隣に立たれたくないと泣きながら避けられてきたに違いないことが、背丈をおいて凡人出身の大臣には容易に想像できた。 そんな生まれるべくして生まれたような端麗な容姿からは想像もつかない素行の悪さで掴みかかられて、大臣はもはやそのギャップについていくだけで精一杯だ。 「確かに信じ難い話でしょうが、本当なのです。あなたが先ほどまでいた現実世界へ童話を提供するのが私たち、お…おとぎの国なんです…ひっ、睨まないでくださいっ、今回も日本と言う国から依頼がきました、『シンデレラ』を出したいのだと…!」 「ハ…マジかよ、ツッコむ労力も勿体ねぇ。ネジ飛んでんじゃねーのか」 延々と続けられる安っぽい話に皇子は気力を削がれてげんなりする。ご説明しますと挙手をして名乗り出てくれたその人間に、それはありがたいと聞く姿勢を正して耳を傾けてみれば、その説明のなんとぶっ飛んだものか。
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