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とある部屋。
広いスペースのほとんどが本で埋め尽くされており、一部は文字通り本の山となっていた。
本以外には下へ向かう梯子と窓の近くに置かれた机、そしてに印象に残るのはその、壁をガラスで作ったのかと思えるほど大きな窓である。
窓から入る光と本の香りが立ち込めるこの部屋で、二つの影が向かい合っていた。
「……ですから、先程も言ったように、どうかもっと」
女は、一つ一つ子供に言い聞かせるよう、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
焦げ茶色した瞳が切なそうに揺れ、切れ目の整った美しい顔に憂いがさしていた。
向かい合うは黒髪、黒目の男。
深く椅子に座ったまま机越しに女を無表情に見つめていた、が、不意に目を伏せ何か考える仕草をする。
この動作に、やっと自分の思いが伝わったと女は安堵し、次の言葉を期待して待った。
そして男は顔を上げ、
「この国を調べてこい」
「~っですからぁ!」
女は肩を落とす。
それもそのはず、数刻前、男に呼ばれた女は今回の仕事を伝えられた。
それが「この国を調べてこい」であった。
しかし、男の言う国は人間の中で一番大きいであろう大国、調べてこいだけでは何を調べていいかすら分からない。
それを懸命に男に伝えるのだが、男からはそれ以外の言葉は出てこなかった。
「どうかもっと、詳しく」
「却下」
これで何回目の問答だろうか。
理不尽な上司に頭を抱えている前で、その上司である男はニヤけた口元を隠そうともしていない。
「まあ落ち着けよユファ」
どの口が言うのか、いっそのこと喋れなくしてしまおうか――。
そこまでユファと呼ばれた女が考えたところで、ふと男と目があった。
「落ち着いてますよ、クラン。……で、結局私に何して欲しいのですか?」
クランは少しつまらなさそうに口を尖らす。
「ここに行けば分かる。とにかく見てこい」
「分かりました、クランの仰せのままに」
頭を下げ、少しの嫌味を込め、ユファは人間の世界へ降りていった。
それを見送り、クランは再度椅子に腰を落とす。
「少し、息抜きしてこいユファ」
本人の前では決して言わない本音を漏らしつつ、クランは窓から満足気に世界を見下ろしていた。
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