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丈が二人分のコーヒーを準備している間に、背後から咳払いが聞こえた。
するとすぐに、メロディが流れ出す。
紛れも無く丈が作曲したものだ。
唄っているのは悠月しか居ないが、耳を疑った。
その曲は女声のキーを意識して作られたもので、そして悠月はその譜面に一切逆らうことなく唄い上げていたからだ。
ただのハミングのようだったが、それでも男子高校生が容易に出せる声ではなかった。
徐々に振り返る悠月が、呆然と立ち尽くす男の姿を捉える。
手にはA4の紙が数枚握られていた。
予めリビングの棚の上に用意していたものだ。
「俺この曲好きだなー」
ケタケタと楽しそうに笑いながらハミングを続ける。
丈は静かにソファーに座り、様子を見つめながら飲み物で身体を温めていた。
「…お前、それ、女のキーだぞ?」
「え、うん。」
「まぁ、いや、別に…」
昨日の勘は、当たったことになるのか。
悠月の持つ独特の声は、想像以上に延び延びと、そして鮮やかに広がった。
それだけではない、丈の曲を見事に唄い、理想にまで完璧に適っている。
再会してすぐの時よりもどこかリラックスしたような表情は、優しく微笑む。
ここまで気のよい男があの夜崩した態度の裏には、そうとうな気持ちがあったに違いない。
あぁ、そうか見た目にコンプレックスがあるのだな。それは仕方ないことだ…とここまで考えて丈はまたコーヒーをすすった。
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