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あの日、
階段から降って来た細身の人間、改め悠月を助け、別れた後に丈はしっかりと待ち合わせ場所に向かうことにした。
それでも時刻は数分ばかり早く、冷たい風に肌がパリパリと音を立てている気さえした。
殆どの人影はやはり逆行で暗く、顔を判断するのも難しい。
しかし自分が待っている相手くらいは簡単に見つけることができた。
それは何ヶ月も間近で観察し続けた女の顔だ、容易いはずである。
だが丈の視力もさほど良いとは言えない。
結局随分近くに来るまで、彼女だという確証は得られなかった。
相手は指定した場所に向かい歩いてくる。
可愛らしい女性だった。
同じ学年の女子で、彼女から丈に告白したことがきっかけで付き合いが始まり、二人で過ごす初めての冬であった。
…人混みのせいだったのか、初めは丈も全く気づいてはいなかった。
しかし、女性の影の横には確かに、背の高い男が寄り添っていた。
見間違いかと思ったが、行き交う影の間に、しっかりと組まれた腕も見えた。
丈にしては、人を愛した機会だった。
しかしもう問い詰めるつもりもなければ、こちらから別れを切り出すことも面倒に感じる、
丈とはそんな男だった。
だから現在二人は付き合って入るが、丈からすればそれは形式上のことだけだろう、といった具合だ。
悠月は一連の物語を聞きながら口をだらしなく開け呆れていた。
悠月は丈に同情したが、丈本人は全然悲しいとは思っていなかった。
あの日、失ったものもあったかもしれないが、得たものは非常に大きかった。
悠月との出会いのためのキッカケである。
付き合っていた女性は、一言で言えば今風の女子高生なのだろう。
見た目はそこそこ美人の部類だった。
だが、悠月を知った今世の女性など比べ物になりはしない。
ふと指に視線を戻す。
照明を受けて空しく光っていた。
これ程までに安っぽいものだっただろうか、自問自答する。
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