第二話

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そこで、丈の動きはピタリと止まった。目の前の少年は愛猫と戯れている。 気付いてしまった。 自分でも面食いの自覚はある、 しかし現実を信じたくはなかった。 もしかしたら、なんて微かな可能性だが、無きにしも非ずといったところか。 この美しい人間を、手に入れたいと思ってしまった。 悠月は時計を見ると、おもむろに二人分のマグカップを取り、キッチンへと向かった。 何も言わずそれらを洗い始める。 丈は一連の動きを眼で追っているだけだった。 学ランを脱いだ悠月の身体は細く、厚手のニットの上からでも折れそうな腰の線がはっきりと解る。 「…いいよ、洗わなくても。」 震えそうな声で、必死に搾り出す。 「え?いーんだよ、俺皿洗い係だから。」 ちょっとだけ振り向く、厚い唇が笑うのが見えた。 「お前は、彼女、居るのか?」 「俺ー?暫く居ねぇなー」 水の音がやかましいからか、自然とお互いの声は大きくなった。 悠月の返事に胸を撫で下ろすと、益々丈は頭を抱えた。 いや、むしろ少し葛藤する。 この男に、付き合っていた女が居たのか。 釣り合う女なんて居たのか、いや居るわけがない。 「…なんで別れたんだよ。」 丈が顔を上げると目の前に袖をたくし上げた悠月が難しい顔をして立っている。 宙を仰ぐように視線を送り、そして今度は俯きがちに答えた。 「…いや、順風満帆だったんだけどな、 …セックスした途端にさ、 …『自分より可愛い男となんて付き合えない』って……おい、笑うな。」 「笑ってません。」 「いーや笑ってる!!何だよテメー聞くから答えてやったのに!!」 見ると顔を真っ赤にしていた。 肌が白いからか余計にそれが目立つ。 叫びながら未だ座ったままの丈に殴りかかった。 力の差は歴然だったが、悠月は辺りのクッションを掴んでは投げる作戦に出た。 暫く攻防戦を繰り広げ、止めろと言っても悠月は全く聞かず、とうとう何かの線が切れたかのように笑い出した。 トーンの高い、半分泣きそうな声だった。 ソファに顔を埋める形でヘタヘタと座り込むと、丈の掌に柔らかい髪が触れた。 暴れたお陰で金髪はいつもに増してフワフワとしている。 小さな頭だった。 まだ笑っているようで、細い肩が小刻みに揺れている。 「あぁっ…駄目だ…楽しい…」 「そうかよ……」 頭の角度を変えると、今度は笑いすぎでピンク色になった彼の頬が見えた。
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