第二話

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あぁ、お終いだ 遠くの自分がうな垂れる。 顔が近づいた瞬間に見えた悠月の眼は今までで一番見開かれていた。 同性からいきなり口付けられて驚くのは無理も無い。 ましてやお互いをあまり知り合ってもいないのにである。 後悔をよそに、欲を満たすための自我はその唇の想像以上の柔らかさに満足していた。 数秒間そのまま時は流れた。 先に静寂を断ち切ったのは悠月である。 顔を背け、身体を大きく退いた。 互いに息を切らし、震えている。 悠月は初め、ゆっくりと丈を見上げた。 決して欲望丸出しではなく、丈は後悔しきった顔をしていた。 熱い身体とは反対に冷や汗はじんわりと滲む。 まだ悠月の腕を掴んだままの手も、動かせずにいた。 声を出したくても、二人ともが何と言っていいのか分からない状況で、 尚も悠月は微笑んだ。 真っ青な顔で冷や汗をかきながら。 「…じゃ、またな。」 「え、…あぁ、また…」 やんわりと腕を払いのけ、風のように扉から出て行った。 足音が小さくなるのを聞きながら、独り残された丈は玄関に崩れ落ちた。 猫が心配するかのように近づき、擦り寄る。 だがそんな癒しにも今は効果はなかった。 止まっていた思考は、徐々に渦巻き、脈を早めていった。 こんなことは今までなかった。 自分が感情のままに動いてしまう、相手を捩じ伏せるように。 後悔したが、 開き直っている気持ちもそこにはあった。 今までを簡単に覆す程、悠月を求めなければいけないと、本能が叫んだ気がした。
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