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「おい、悠月居るか?」
一瞬教室がざわついた。
3年D組に木河丈が現れたのは初めてだった。
この中には彼の声を初めて聞いた者も多く居ただろう。
声を掛けられた出入り口側の生徒は辺りを見回して、丈が見ているのが自分であることを確認した。
そして少し動揺しながらも「悠月ちゃん…今日は休みだよ、な?」とまたクラスメイトに助けを求め、力なく他の生徒達も、そうだと頷いた。
男子生徒が振り向くと不機嫌極まりない顔をした男が立っている。
丈の背格好と雰囲気は時にとてつもない威圧感を持っていた。
「ほ、ほら、悠月ちゃんは、今日は休みだってさ!」
「……そう、わかった。」
丈の不機嫌の理由は悠月の欠席よりも、クラスの大半が悠月のことを「ちゃん」付けで呼んでいることにあった。
せこいじゃないか。
あいつはお前らの何なのだ。
「我ながら早速末期だなぁ…」と自分の教室に戻りながら頭を抱え込む。
昨日は風邪を引いているようでもなかった。
それは彼の歌声が証明している筈だ。
そしてまた丈はため息をつく。
何か原因があるとするならば、
それは間違いなく、昨夜の自分がした浅はかな行為に違いない。
この日から、丈の手に指輪は無かった。
昨夜悠月が帰宅してすぐに彼女(であった女)に電話した。
理由を述べるのも面倒だったが、「別れたい」ということを通すと彼女も渋々だがそれでも承諾した。
気分は舞い上がる訳でもなく、ただ安心した。
これでしがらみも全く無い。
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