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丈は腕時計を見た。
指定された時刻より15分も早く着いてしまった。
元々早めに行動はしていたが、相手が来ないことには意味はない。
待ち合わせは、通りでも目立つ有名なホテルの前だ。
地下鉄の駅がそのホテルに直結しているのでよく通路には利用している。
尤も高校生である丈が個人的な目的で高級ホテルを選ぶこともまずない。
見慣れた構内を、出口の番号を一応気にしながら進むと、外気が流れ込んでくる。
肌が凍るのではないかと思うくらい、12月の夕方は冷え込んでいた。
ダッフルコートを引っぱり出してきておいて正解だった、あとは顔を首元へ埋めて、手をポケットに差し込み、中でグーとパーを繰り返す。
都会は季節の行事に目敏い。
10月31日のハロウィンが終わるや否や、11月の中頃にはそこら中にクリスマスのイルミネーションがしっかりと施されていた。
「これでは逆に季節感が狂ってしまう」なんて恋人のいない丈の姉は呟く。半分彼女に納得、半分は年越しが迫っていると早々に知らせてくれるといった意味で少し感謝する。
階段を昇るにつれ、徐々に向い側のビルが見えてきた。
側壁一面に電飾を張り巡らせてある。暗いはずの街が、思いがけず眩しかった。
道行く人は、皆逆光で黒い影だけが足早に過ぎていく。
目の前の長い階段を登れば地上に着く、しかし野ざらしのそこであと暫く待ち合わせ相手を待たなくてはならないと思うと、丈の足はなかなか一段を登れなかった。
長い階段は横幅も割とある。
ステンレスの手摺が二か所、移動する影は殆どがカップルだ。
時間が止まったようだった。
遠くから陽気なメロディーが聞こえてくる。
丈の頭の中でそれらは几帳面な楽譜に置き換えられた。
階段の中盤あたりの人影が揺れる。
丁度丈と直線で結べる位置に居た影は、短く叫んだ。
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