第一話

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「…いい曲だな。」 悠月は言った。 丈は首だけを捻り、意味が判らないと表現する。 「さっきのプリントに書いてあった曲だよ。お前が書いたの?」 「……あぁ、そうだよ。」 「続きも書けばいいのに。絶対良い曲になる。」 「お前譜面読めるのか、珍しい。」 「あれぐらいはな、親が昔歌唄ってたんだ。」 正直驚きを隠し切れていたか分からない程丈は興奮していた。 プリントに殴り書きされたものは間違いなく丈が思いついたメロディーで、 それを目の前で理解し好いてくれる人間が居る。 初めての経験だった。 そして同時に、悠月の声が持つ不思議な感触に納得した。 この声のルーツとなる者に歌手が居るのだ。 「…お前は、唄わねぇの?」 耐え切れず質問すると、悠月は困り顔のまま笑った。 初めて見た笑顔かもしれない。 これもまた、華やかを極めていた。 「さぁ、今までそんなタイミングが無かったから。」 「そうか…。」 丈は軽く肩を落とす。 二人はまだ教室の前の廊下に立ったままだった。 人通りも大分スムーズになった。 「…でも、芸大合格したからさ、歌はこれから始めるんだ。」 「芸大?」 反応を示す丈に、嬉しそうに笑い返す。 相手の反応を読み取って会話をしているようだ。 悠月は言葉を続けた。 「黒沢芸大だけど。」 「……俺も一緒。」 「え、まじ!?」 「音楽制作で。」 「俺はヴォーカル。」 「おぉ。」 「おぉお…!」 丈はあまり笑わない。 地味に驚く丈の姿に、少年は噴き出した。 「よし、リーディングのお礼になんか奢るからさ、ちょっと喋ろうぜ。」 帰り道、悠月は丈の腕を半ば強引に引っ張り歩きながら、多くの教師や生徒に声を掛けられていた。 それら全部に悠月はまた最高の返事をした。 丈がうっすらと感じたことは、悠月はどうやら人気者であるらしいことと、 先日の一件で自分はこの人物の一命を取り留めるというかなり良い仕事をしたということである。
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