相棒

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 綿密に組まれた時間通りに、定められたルートを走る。ほんのすこしの逸脱も許されない。曲がるべき路地、止まるべき信号からブレーキの踏み方まで、すべてが決まっていた。それが僕の仕事だった。  退屈ではあった。窓から見える風景はいつも同じ、隣りを走る車さえ同じに見えた。助手席に座る相棒もいつも同じだった。  ただ、給料はそこそこ良かったし、意識するような不満はなかったと思う。同僚たちの愚痴や不満の多くはそれぞれの相棒だったが、僕の相棒は物腰が柔らかく礼節をわきまえ、時間に几帳面で、寡黙な男だったから、やはり特別な不満はなかった。同僚たちの不平不満を聞くたびに、僕は幸運であるのだと胸を撫で下ろしていた。  人には相性というものがある。僕には経験はないが、生理的な嫌悪感を抱かせるような人物も存在するようだった。この仕事にひとつだけ問題があるとすれば、そのような相棒に当たったとしても、何年も唇を噛んで我慢しなくてはならない事だろう。ところが不思議なもので、相性が良く気のあう相棒たちにも、同様の問題は起こるようだった。同じ人物と長い時間を共に過ごす事は、それだけむずかしい事なのだと思う。  今日、僕は近所のスーパーで賞味期限切れが近い惣菜を探していると、何年ぶりかで相棒の姿を見た。彼は女性、おそらく奥さんと親密な距離で談笑していた。それはついぞ僕が見る事のなかった明るい笑顔で驚いた。  僕は二人のすぐ横を通り過ぎると、彼も僕の気配に気が付いた。数秒間視線が交錯し、彼は頭の中からかつての相棒の記憶を探り当てた様子だったのだが、突然浮かべていた笑顔をひきつらせて、慌てふためいた様子で視線を反らしたのである。  僕は彼が、あの懐かしい曖昧な微笑を浮かべ、お互いに小さな会釈を交わし、僕も彼もまた日常へと戻っていく場面を夢想していたから、あまりにも予想外の反応に驚いて、愚かにも彼と同じような反応をしてしまった。  何年間にも渡り共に仕事をしていた間に、彼にもやはり、何かしら不満に思うことがあったのだろうか、と考えると、あまりにも寂しいものがあった。僕にとって彼は、それだけ最高の相棒だった。
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