月、満ち満ちて

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「零くん」  満月に視線を戻す島主の名を呼ぶが、続く言葉が声にならない。沈黙の中に、月明かりが降り積もる。  これでいいんだ、と獅ノ介は唇を引き締める。  殺女を生かしておけば、零と獅ノ介のように、殺女もかすみも命を狙われながら生きることになるだろう。当人らの意志は、一分も介されない。そうして、その間で苦しむのは誰だ。皇士郎だ。  鷹遠の正妻の子、かすみは、明日、三歳になる。その名のとおり、殺女を殺すはずだった。  数日前、美智子がこの部屋に飛び込んでこなければ――。 『待って! 零くんたちは間違ってる! 争いごとが怖いから、あやを殺すの? 馬鹿馬鹿しいわ!』 『てめ――』 『いいよ、しのくん』零が獅ノ介をやんわりと制した。『美智子、馬鹿馬鹿しいか?』 『馬鹿馬鹿しいわ』 『どうしてそう思う』 『あなたたち、こんなに仲がいいじゃない。過去がどんなにつらく苦しい争いの中にあっても、今、あなたたちは、肩を並べて生きてるでしょう!』  美智子は、殺女をつれて島を出ると言いだし、怒鳴る獅ノ介の傍らで、零は静かに口を開いた。 『死ぬ覚悟があってのことか』 『ええ』美智子はしたたかに頷いた。『あやを見殺しにして、生きていけるほど私は強くない』  あのとき、零がなんと言って了承したのか、獅ノ介は思い出せない。  獅ノ介は、美智子が言った「強さ」という言葉に囚われていた。強さとは、どういう意味だったのだろうか。見殺しにして生きていけることが、強さだっただろうか。  では、命を呈して、他人を守ろうとすることは―― 「今ならまだ間に合う」  声が聞こえてきてはじめて、獅ノ介は、自分が言ったのだとわかった。口が勝手に動いていた。 「今ならまだ間に合うよ。まだそんなに遠くには行ってないはずだ。島のことなら俺がなんとかする。だから、皇士郎たちをつれて――」 「しのくん」零はおもむろに目を細めた。「俺、こんなにゆっくりと月を見上げたの、生まれて初めてだよ」  
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