月、満ち満ちて

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 零の親指で挟まれていたそこは、血判のようになっていた。指紋が赤く浮き立つそれを、獅ノ介は歯を食いしばってやり過ごし、薄紙を開いた。 『零様  前置きや挨拶は省きます。  もしも、少しでも、ほんの少しでも、私の命が惜しいと思ってくれるなら、どうか皇士郎を私のもとにやってください。  あの子に私を殺させてください。  ええ、わかっています。  あの子は、あなたに似て優しい子です。  深い深い傷を心に負うでしょう。  命じたあなたを強く強く憎むでしょう。  あなたを憎む自分を、なにより憎むでしょう。  しかし、かつての私たちを思い出してください。  あの子は、あなたの子です。私の子です。  憎しみは、やがて形を変え、疑問になりました。  疑問は勇気になり、勇気は希望を見せ、希望は強さに生み、強さをもって愛を学び――そうして知るでしょう。  異論は受け付けません。前言を撤回します。私の命が惜しくなくとも必ずそうしてください。  必ずです。そうしてくれなければ祟ります。  黒い海から昇る朝日だと、名付けたのは、他でもない、あなたではありませんか。  皇士郎が、苦しみと悲しみに満ちたこの島の、朝日になりますように。  五十嵐美智子』  獅ノ介は、かさりと紙を閉じた。 「皇士郎を呼んでくる前に、早いとこ足の手当てしないとね」  月、満ち満ちて、やがて、日は昇る。  了
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