夢の名残

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「朝より降り続くまこと忌々しい雨じゃ」 信長は昼過ぎ評定を終え家来衆が向かい合って座る間に仁王立ちになり庭先を濡らす雨を恨めしく睨んだ 「まことに雨のせいか今朝はまた冬にぶり返した如く冷え込みましたな」 「もう三月も半ばを過ぎたというにまこと可笑しな日和よ」 と内藤勝介と林秀貞の二人の家老は隣同士で頷き合った 「そうでござるお屋形新しきお方さまのお部屋などをそろそろ…」 「今朝…奥が部屋も側付きの侍女なども既に全て整えたと古参の侍女より聞いた」 「さようにございましたか それはようございました 奥方さまなればぬかりなく整えくだされましょう」 「…何故そう思う?」 「奥方さまは何事にも思慮深く道理を備えておいでのお方 お屋形と諍いを起こすを除いては得難き奥方とそれがしは常に敬い申し上げてございます」 「そうか…後ほど訪ねた折に勝介おことの言葉も伝えよう 奥も心強く思う事であろう」 「お屋形さま奥御殿より奥方さま付きの侍女どのがこれに」 と小姓は信長の前に片膝を着いた 「奥の侍女が? これに通せ」 家来衆の間よりざわめきが起こると信長は大広間を出て渡り廊下に出た そこには青ざめた二人の侍女が身を小さくして信長を認め慌ててその場に両手を着いた 「何事か奥に何ぞあったのか?」 「そっそれが…」 「何事か 早々に申さぬかっ」 信長は口ごもる侍女を怒鳴りつけた 信長の怒鳴り声にただならぬものを感じた重休は大広間より飛び出すと信長の傍らに片膝を着いた 「お屋形そのようにお怒りになっては怯えて話す事もままなるまいほどに…ゆるりと話すが良い奥方さまが如何なされたのじゃ?」
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