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信長は表に戻ると直ぐに湯殿へ向かった
小姓は信長の背中の傷を訝しげに見やった
「何やらお背中に傷が?」
「…その方も大人になれば解る…その傷はおなごの嫉妬の刃の跡 後はいい 一人でゆるりと湯に浸かる上がり場で待て」
「はっはい…」
二人の小姓は普段聞かぬ感傷的な言葉に躊躇いを覚えながら湯殿より出た
信長は湯に浸かると大きく息を吐いた
そして目を閉じた すると青白い顔の帰蝶や腕の中で乱れる奈々や膨らみ始めた腹を愛おしげに撫でる生駒の方の姿が浮かんだ
「面倒な事じゃ…」
信長はそう言うと目を開けた
「…いや 皆わしが選んだ事」
─斎藤の姫である帰蝶を抱いて真の妻とし…帰蝶との溝が深まり躯の欲望を満たす為奈々を抱き 子が欲しいあまり夫を亡くして三月とならぬ生駒を抱いた…全てわしが選んだ…もし帰蝶に子があったなら…今更詮無き事─
「どうかしている…」
信長は自嘲めいた笑みを浮かべると湯から上がり湯殿の引き戸を開いて鍛えられた逞しい四肢を小姓に晒した
小姓達は僅かに顔を赤らめ慌てて湯上げの布でその躯を拭き始めた そんな小姓達を余所に信長は単衣を着せられ帯が結ばれると湯殿を出て自らの居間の前の縁側で暗闇の空より舞い降る雪を暫く眺めた
「お屋形 そのような湯上がりの姿でお風邪を召しまするぞ」
と重休は片膝を着いて信長の背中に語り掛けた
「今から夕餉じゃ 重休相伴いたせ」
「承知いたしました」
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