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二人は暫く膳を囲んで談笑しその話しに部屋の隅でいずまいをただす小姓達も耳を傾け時より笑い声をたてた
「今思えば大層な悪大将であったのう わしは よく父上はわしを廃嫡せなんだ事よ」
「備後守さまはお屋形の類い希なる気質を見抜いておいでであったのでしょう」
「…わしを心から思い親しんでくれた者は皆せかせかと逝ってしまう 父上も平手の爺も信光の叔父上も美濃の舅どのも…もそっとゆるりと逝けばいいものを」
信長は薄く笑みを浮かべ盃を口許へ運んだ
「何やらお屋形らしからぬ風情でございますな」
「…奥の元を今日訪ねた 奥は長くないかも知れぬ…」
「そのような事おさじとて心配はいらぬと」
「わしを心より思い親しんだ者は皆せかせかと逝く故な…」
「お屋形…」
重休は寂しげに笑う信長の横顔を見やった
「…呑みすぎたようだ…」
信長はそう言うと胸元を広げた
「では お休みになられますか」
「いや…奥へ行く」
信長はそう言うとふらりと立ち上がった
「……」
重休は驚いた様子で信長を見た
「…」
信長は無言で居間を出ると後から従う重休に振り向いた
「構うな」
「奥御殿の入り口までお供仕ります」
「…わしが誰の元へ行くか気になるか?」
「そのような あの申し出はなんとなさるので?」
「あの申し出? あぁ北伊勢の板氏の娘が事か?」
「…まだ思案中だ…だが 津島交易の事を思えば北伊勢の有力な豪族である板氏の娘を娶るは有益であろうな…」
「…如何にも」
「春までには正式な使者を遣わそう ここでよい」
「はっ ではお休みなされませ」
重休は片膝を着いてそう言った そして暫くその背中を見送った
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