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「ねえ、私たち、どこに行くの」
声に出したつもりはなかったのに、前を行く少女は振り返った。
―――金の瞳が笑う。
『――…』
つい、と、彼女の陶器のような腕が伸びてきて、やはり陶器のように白く滑らかなその指先が、そっと私の唇にあてがわれる。
《秘密》のジェスチャー。
私は軽くため息をつく。それでも、握られた手を振りほどくことはなかった。手を引かれるまま、歩く。行く先は知らない。
まっしろな地面を、ひたすら進む。とても、静かだ。私たちの他に、ここには誰もいない。前を行く彼女の、長い長い黒髪から香る薔薇の香りだけが、不気味なほどリアルだった。
「――…ねえ」
もう一度呼んでみる。今度も彼女は立ち止まって、振り返った。
―――ああ、金色。
私は思わずくらりとして、刹那黙り混む。
彼女の黄金の瞳は、雪の意識をからめとっていく。けぶるような睫毛に彩られたそれ。目がはなせない。
「あなたは一体誰なの」
言ってすぐに、後悔した。
知っている。知っているのに。
私は彼女が誰だか知っている。ただ、思い出せないだけ。
彼女は少し悲しい顔をして、しばらく私を見つめた。泣き出したい気分になる。私が彼女を悲しませたのだ―――…。
思わず声をあげそうになると、彼女がそれを制した。白い指は細く、ともすれば硝子細工のように壊れてしまいそうで、振りほどけない。たった、ゆびのいっぽんだけでも、尊いひと。
――彼女はまた歩き出した。私はまた黙ってついていく。
なにもかも分からないのだがしかし、これは夢だと、それだけは鮮烈に理解していた。
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