42人が本棚に入れています
本棚に追加
それからしばらくは、あたりさわりなく時間が過ぎた。
あの神社のお守りは絶対にほしいだとか、あの店でお土産を買いたいだとか、他愛もない話を、長いことした。
「――…でね、部活の先輩が…」
「………」
先ほどから反応がない。雪はちょっとムッとして譲葉の顔を覗きこむ。
「……――ゆず?」
いつのまにか規則正しい寝息が聞こえていた。
(ああ、そっか)
今日の集合時間は早朝5時半。そうだ。彼女はとにかく朝に弱かったっけ。
話し相手が居なくなると、急に、回りの座席の賑やかさが遠く感じられる。
「…………」
雪は譲葉を起こさないように、そっと立ち上がった。
二階席のある新幹線。小さな螺旋階段のようなものがあって、それを使って上に上がるのが秘密基地みたいでワクワクした。
友人たちに声をかけ、適当に時間を潰した。しかし、修学旅行のグループともなれば、みんな仲良しグループでしっかりと固まっている。
グループにはそのグループ独特のノリや空気があって、それが分からない他者がそこに飛び込んでも、ただなんとも言えない居心地の悪さがあるだけだ。
ため息をついて、そろそろ戻ろうかとした時、慣性の力が体を押す。新幹線が駅に停まるのだ。
雪は少しバランスを崩した。
「大丈夫?榊原」
たたらを踏んだ雪はハッとして顔をあげる。
「高杉くん」
にわかに顔に熱が集まる。
「危ないよ。…座ったら?」
クラスメートの高杉は、笑って彼の隣の席を示した。
「でも」
雪がまごまごと否定の言葉らしきものを呟いたとき、再び新幹線が動き出した。いや増す重力。
「ほら」
再びよろめいた雪をからかうように笑って、高杉はもう一度彼のとなりを示す。
「ありがとう………」
雪は耳たぶを真っ赤にさせながら、覚悟を決めてその席に腰をおろした。
――列車はスピードを上げていく。
「いいよ。隣、飯坂なんだけど、遊び行ってるから」
高杉のきれいな歯並び、きっと、一時間だってそれ以上だって見ていられる。
彼も、二学年になってからの転校生だった。
譲葉もそうだが、雪はいつも転校生という名の異邦人に親近感を覚えるのだ。
高杉はクラスの男子のように、下品な話題で大笑いすることも、ゲームの話題で盛り上がることもしない。毅然としたその態度が、雪には堪らなく好ましく思われた。
最初のコメントを投稿しよう!