一章

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 それからしばらくは、あたりさわりなく時間が過ぎた。  あの神社のお守りは絶対にほしいだとか、あの店でお土産を買いたいだとか、他愛もない話を、長いことした。  「――…でね、部活の先輩が…」  「………」  先ほどから反応がない。雪はちょっとムッとして譲葉の顔を覗きこむ。  「……――ゆず?」  いつのまにか規則正しい寝息が聞こえていた。  (ああ、そっか)  今日の集合時間は早朝5時半。そうだ。彼女はとにかく朝に弱かったっけ。  話し相手が居なくなると、急に、回りの座席の賑やかさが遠く感じられる。  「…………」  雪は譲葉を起こさないように、そっと立ち上がった。   二階席のある新幹線。小さな螺旋階段のようなものがあって、それを使って上に上がるのが秘密基地みたいでワクワクした。  友人たちに声をかけ、適当に時間を潰した。しかし、修学旅行のグループともなれば、みんな仲良しグループでしっかりと固まっている。  グループにはそのグループ独特のノリや空気があって、それが分からない他者がそこに飛び込んでも、ただなんとも言えない居心地の悪さがあるだけだ。  ため息をついて、そろそろ戻ろうかとした時、慣性の力が体を押す。新幹線が駅に停まるのだ。  雪は少しバランスを崩した。  「大丈夫?榊原」  たたらを踏んだ雪はハッとして顔をあげる。  「高杉くん」  にわかに顔に熱が集まる。  「危ないよ。…座ったら?」  クラスメートの高杉は、笑って彼の隣の席を示した。  「でも」  雪がまごまごと否定の言葉らしきものを呟いたとき、再び新幹線が動き出した。いや増す重力。  「ほら」  再びよろめいた雪をからかうように笑って、高杉はもう一度彼のとなりを示す。  「ありがとう………」  雪は耳たぶを真っ赤にさせながら、覚悟を決めてその席に腰をおろした。  ――列車はスピードを上げていく。  「いいよ。隣、飯坂なんだけど、遊び行ってるから」  高杉のきれいな歯並び、きっと、一時間だってそれ以上だって見ていられる。  彼も、二学年になってからの転校生だった。  譲葉もそうだが、雪はいつも転校生という名の異邦人に親近感を覚えるのだ。  高杉はクラスの男子のように、下品な話題で大笑いすることも、ゲームの話題で盛り上がることもしない。毅然としたその態度が、雪には堪らなく好ましく思われた。
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