一章

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 「だからオオクニヌシが側について離れないんだな」  ――オオクニヌシ、て、なに。  脳内が疑問符だらけになったが、今はそれどころじゃなかった。  「手、痛いよ…!」  彼の爪が皮膚に食い込む。握り潰されるんじゃないかって勢いだ。たまったもんじゃない。  「離して…!」  高杉はなにも言わない。ただいつも通り笑っている。笑って雪を見ている。  ――全身が粟立った。        「ごめん、そこまで」  ――誰かの声に、こんなに安心したのは始めてだ。  雪の手首を掴んだ高杉の手に、やたら大きくて綺麗な手が伸びて、軽く甲に指先が触れる。  高杉は弾かれたように雪の手を投げ出した。  「雪、帰るよ」  ――譲葉は少し強引とも取れる動作で雪を立ち上がらせると、そのままその手を引いて歩き出した。  「…………」  混乱する頭で、雪は高杉を振り返る。  「!」  こちらを見つめる彼と目があった。そこにいつもの笑みは無く、能面のように無表情。  とっさに目を反らす。  「もう大丈夫だから」  車両と車両の繋ぎ目まで来ると、今まで無言を貫いていた譲葉が立ち止まって振り返り言った。  なんと言ったらいいのか分からず立ち尽くしていると、ぽんと頭にやさしい感触がして、その温度に安心する。  その手は何度か毛の流れにそうように雪の頭を撫でた。  ――…あ。  そこで雪は、自分が震える手で、必死に譲り葉の手を握り返していたことに気付いた。
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