一章

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 雪が全身の力を抜くと譲葉は微笑んで手を止める。  「席に戻ろう」  「……うん」  譲葉はそれ以上なにも言わなかった。  京都駅は修学旅行のシーズンということも相まって、大変混雑していた。  「ちょ、譲葉!はぐれないでよ?!」  お互いの声が聞き取りずらいので、自然と大声が出る。  本当に、はぐれてしまいそうだ。修学旅行生の姿も多く、どこに自分と同じ学校の生徒がいるかも、うっかりすると分からなくなる。人酔いして具合も悪い。  「雪こそ迷子にならないでね!」  それと、と譲葉が神妙な顔つきになった。  彼女の言わんとするところを察して、雪は言う。  「高杉くんには近づくな、でしょ」  そなままの顔つきで頷くと、すぐに譲葉は眉尻をきゅっと下げた情けない顔をした。  「拗ねないでよ雪」  「拗ねて、ない」  「拗ねてるじゃないか!――だって、アイツ危ないだろ。……厨二病っぽいし。とにかくもう、近付いちゃダメ!」  「…………うん」    譲葉の言うことは多分正しい。しかしすっきりしていないのも確かだった。  その後も譲葉は、しつこいくらい何度も高杉に近付かないよう雪に約束させた。  (だけど…)  あんなことがあった後でほいほいついていくほど雪も馬鹿ではないが、座席に戻ってすぐに届いたメールのことは譲葉には黙っている。  『さっきはごめん。榊原と話してるのが楽しくてちょっとテンションおかしくなってた。嫌われてないことを祈ります』  SNSを開いているふりをして、なんどもこの文章を読み返した。とりわけ最後の一文を。  ――嫌われてないことを祈ります。      
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