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*ー*ー*
初秋。晩夏を過ぎ、涼やかな風と共に繁っていた緑が一斉に紅や黄に染まる時期。蝉の騒がしさも徐々に落ち着き始めたころ。
そんな麗しい季節のなか、神原 郁(かんばら いく)は叫んでいた。
それはもう、盛大に。
「ッはぁぁああ?!?!」
あまりの大きな声に、窓枠に止まっていたアブラゼミもジジッと音を立てて真っ青な空へと飛び立った。
郁の叫びは決して青春の叫びなどという甘酸っぱさを感じるものではなく、突然の鬼…鶴の一声に対してのどちらかというとトゲトゲしいものであった。
「もぅッ!いっくんてばー」
騒いじゃメッ!と両頬を膨らませながら丸い瞳で郁を見上げる母、神原 美柚(かんばら みゆ)。
今年36の彼女だが、はっきり言って女子大生、下手をすれば女子高生にも見える容姿をしている。街中を郁と2人で歩いている時、高校生カップルに見られることがしょっちゅうあった。
しかしそんな母でも母子家庭であるためか、家庭内では絶対の権力者である。
それ故、郁を含め神原家の兄弟は、誰一人として母の命には逆らえないのだが…
「今なんて言った?!」
「もぅ!いっくん耳悪いの?だーかーらっ!『高校辞めるね』って言ってたの!」
「ちょっと待って!僕この間高校に合格したばっか!僕の第一希望!!」
「知ーらない」
「……へ?」
「もう辞めて来ちゃった☆」
美柚は大儀そうに肩を叩きながら「なんだか驚かれちゃったわ。入学式もまだなのに辞めるんですか?!って引き留められちゃった。いっくん主席合格だったもんね~」と苦労話をするような口調で郁に同意を求めた。
ねぇ?と同意を求められても、郁は肩を震わせて怒りで何も言えない。
郁が入学予定だった高校は都内最難関校で、受験期には死ぬ程頑張って、ようやくこの春入学出来たのだ。当然のことだが、陰ながら郁の受験勉強をサポートしてきた美柚は、郁の苦労を百も承知のはずなのに。
辞めた、と?
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