1.私が生まれた日

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「405の患者、記憶喪失らしいで」 40歳半ばの看護師は、廊下の壁を背にしながらカートを押して巡回から戻ってきた若手の看護師に声をかけた。 若い看護師は、先輩看護師にゴマをするように「昨日緊急入院した人ですよね?そうなんですか?」とオーバーリアクションで驚いて見せた。 すると、中年の看護師は嬉しそうに噂話を続ける。 「405の患者、今日の朝、目が覚めたんやけどなんにも覚えてないっていうのよ」 「名前とかもですか?」 「そう、全部よ」 ゴシップ好きの中年看護師は、「それだけじゃないんよ」と、早く言いたそうに若い看護師に一歩近づいて耳打ちした。 「……」 「そうなんですかー?」 若い看護師の大袈裟なリアクションが、静かな廊下に鳴り響いた。
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