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終わり
「…」
いつものように、僕は彼女におかゆのような栄養食を食べさせる。
ベッドから起き上がれない彼女は僕が運んだそれを力無く咀嚼し、胃へと流し込んでいく。
「…最近、あまり食べなくなったね」
僕が恋したその人は、僕がその想いを伝えた次の日に、自宅で倒れているのを友人に発見された。
見舞いに行った時に、本人も気付かない内に脳を蝕んでいた病魔の侵攻が一線を越えたと看護婦に聞いた。
「明日、返事するから」
僕の告白にそう返した彼女の口から、その返事を聞く事はできなくなった。
身寄りがなく、医者ですら手の施しようがなく、ただ死を待つだけだと言われた彼女を、僕は周囲の反対を押しきって身を引き取る事にした。
それから、僕は献身的に彼女の世話をし続けた。
口以外自由に体を動かせず、かと言って声を出すことすらできない彼女が静かに、だが確実に弱っていく姿を見るのは辛かったが、せめて最期の時は穏やかに過ごして欲しいその一心で、僕は笑顔を作り続けた。
今日もいつものようにご飯を食べさせ、部屋の明かりを消しておやすみを言う。
「待っ…て…」
非常に弱々しく、しかしとても懐かしいその声に、僕は驚いて彼女を見る。
「声…まさか、治って…?」
「ううん…違う…わ…」
窓から差し込む月明かりに照らされた彼女の瞳が、とても寂しそうに見えた。
「私…は、きっと…もうす…ぐ、死…んで…しまうと…思…うの」
「そんな事ない!現に今声が、話す事ができているじゃないか!病気が良くなっていってる証拠だよ!」
弱々しくも、懸命に言葉を紡ぐ彼女に、僕は励ますように反論した。
「いいえ…私の体…だもん。…分かる…わ。もうすぐ…私の命の…火は…消えて…しまう…だから…どうして…も最後に…あなたに…伝えたい…事があって…そう思っ…たら…声が出た…の」
涙を流しながら彼女の話を聞いている僕に、彼女は最期の言葉を紡ぐ。
「あの時…の返事…だけど…ね?」
「私…も…あなたが……好き…でし…た…。今まで…ありが…と…う…」
そう言って彼女は目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
そして、彼女が再び息を吸う事は無かった。
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