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先ほどの坊主頭のスタッフが、目の前の男にコーヒーをサーブする。
この男、何勝手に人の席で茶をしばこうとしてるんだ。
「…………あの」
「あの人、芸人の本山に似てない?密林地帯の」
スタッフが去った後、男は小声で私に耳打ちする。
「そうだ!密林地帯!ミツリンのもっちゃんだ!」
やっと名前が出てきたことが嬉しくて声を上げると、本人に自覚があるのか、スタッフは一瞬こちらに振り向いた。
「……あ」
気まずくて思わず会釈すると、向こうも軽く頭を下げて厨房に消えていく。
「ぶふ!!だめじゃないすか!彼、絶対気づいてましたよ!」
男は面白そうにゲラゲラと笑いながらコーヒーを啜った。
このナチュラルな雰囲気に飲まれてはなるまい。
何故、当たり前のように笑っているんだ。
「…………あの、申し訳ないけど私そういうの間に合ってるんで」
「そういうの?」
しらばっくれるように首を傾げる男。
黒目がちな瞳と見るからにみずみずしい肌が癇に障る。
女の私より綺麗な顔しやがってからに。
だからそういう職にもつけたんですね、わかります。
「はたからみたら寂しい女に見えるかもしれないけど、私は自分なりに人生を楽しんでるんで」
「え?」
「今は自分の好きなもの、ほら、価値観とか世界観とか?よくわかんないけどそういう観念的なものを一人でじっくり見つめたいんです!一人で平気なんです!」
「え、……ちょっと待って」
「だからホストクラブなんていきませんから!」
ついまた大きくなってしまった声量に、周りのお客さん達は一斉に私を見た。
こんな白昼にカフェでホストクラブの勧誘にあっているなんて恥ずかしすぎる。
どうして私がこんな辱めを受けなくてはならないのだ。
怒りを込めて男を睨みつけると、彼は呆然と目を見開いていた。
そして……
「あの……ごめんなさい。…………ホストじゃないです」
「へ?」
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