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会社帰りのサラリーマン達で賑わう駅前の居酒屋。
生ビールを片手に同期の博美が、哀れな瞳で私を見つめる。
「強がりじゃないんだってば!一人でいいの!合コンなんて行かない」
度々持ちかけられる合コンの誘いは正直ありがた迷惑でしかない。
そもそも、博美には彼氏がいるのに合コンなんかするな!
「あんた、本当にマズイって!大体、何なのそのティシャツは。まずはお前が改心しろ!」
下北沢の古着屋で購入したお気に入りのティシャツにプリントされた『Change your mind』の文字を指差して怒鳴る彼女。
「そう熱くなりなさんな。ティシャツに書いてある英語なんて大半はなんの意味も持たないよ。ただのデザインだと捉えて着てるんだから」
「そんなのわかっとるわ!」
怒りが冷めやらぬ彼女は、生ビールを一気に飲み干すと荒い口調で店員に追加を注文した。
「いい!?衣、食、住って言うように、人間にとっては衣が一番重要なの!衣が一番先なの!」
「そうかなあ?語呂がよかっただけでしょ。い、しょく、じゅーって響きが。
あのさ、よくあるじゃん。女子が好きそうな雑誌とか服屋のキャッチコピー。『さあ。私に、着替えよう』とか、『服の数だけ、違うあたし』とかさ。あーゆうの見ると虫酸が走るんだよね。自分に酔ってんじゃないよって。
私ならこれだね、『着ないと捕まる。だから着る』」
「…………あんた、マジでヤバイよ」
「やばくないやばくない。全然平気!」
力尽きたように博美が項垂れる。
「……人がこんなに心配してるのに」
「ありがとう、博美!気持ちは有難いと思ってる」
彼女の艶のある栗色の巻き髪がふと目に入る。
博美はその名の通り、博識があり美しい。
だからモテる。
だから彼氏が途切れたことがない。
だからなんだってんだ。
「いーや!あたしは諦めんぞ!このままじゃあんたが心配で嫁に行けんわ」
博美は美人だけどちょっとズレている。
だからこうして仲良くなれたのかもしれない。
「私は大丈夫だって!安心してお嫁に行っといで!結婚式では大いに余興で盛り上げてあげる!」
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