5349人が本棚に入れています
本棚に追加
「蒼、キスが欲しい。」
「いいよ。いくらでもしてやる。」
抱き合ったまま、深く求め合う。舌を絡めたらさっきまで飲んでいたコーヒーの味がした。
彼のキスはとても甘美で、だけど繊細にあたしのを扱う。
だからこそ忘れられなくて、初めて知ったあの夜で気持ちを奪う強力な武器だった。
「千紗、聞いてほしいことがあるんだけどいい?」
額にキスを落としてから、またあたしを腕の中に閉じ込めるようなやんわりとした抱擁の中、彼は話を切り出した。言葉ではなく頷いて返すと、彼の胸が上下して息を吸ったのが分かる。
「仕事のことなんだけど、来月には大阪に戻らないといけないのは知ってるでしょ?」
「うん。」
長期出張の期間は、9月だ。そして彼は、明日からまた出勤する予定で、世間のお盆からズレていることも知っている。
「離れてしまう前に、言っておきたいことがあるんだ。」
「うん。」
相槌を打つのが精一杯だ。きっと涙していた理由も聞けるかもしれないと思ったら、それ以上の言葉が出てこなかった。何を言われても立ち向かいたいって覚悟を決めることしかできなくなる。
最初のコメントを投稿しよう!