5350人が本棚に入れています
本棚に追加
間もなく、扉が開いて地上階に着くと、順に箱の外へ出ていく。
「じゃあ、須藤、現地でなー。」
「了解。俺の名前で予約したから先に入ってて。」
って、皆さんがあたしと須藤さんを置いて先に行ってしまった。
「あの。」
「ん?どうしましたか?」
「皆さんと一緒には行かないんですか?」
「それ。お店に持って行けないでしょう?」
まだ掛けたままだった眼鏡を外しながら、須藤さんが指差したのは、あたしのスーツケース。
「私の車のトランクに入れましょう。帰りはホテルまでお送りします。」
「でも、それじゃあ。」
「私は飲まなくても大丈夫です。お気になさらずに。…さぁ、行きましょう。あまり遅くなると、怪しまれちゃいますから。」
微笑んでウインクをした須藤さんに、心臓のあたりを鷲掴みされた感覚。
ダメダメ。相手は既婚者なんだから。
それに、東京と大阪じゃ滅多に会えないし、元々あたしなんて相手にされてないんだから……って、何考え始めてるのよ、と自分に言い聞かせるけど、時すでに遅し。
ビルを出て、裏手に回る間の僅かな時間。
須藤さんの後ろ姿が、キラキラして見える。
少しだけシャツに掛かる襟足の髪すら、ドキドキさせる。
「スーツケース、載せますね。」
バッグから出したキーで、黒い車のライトが2回瞬いた。
そして、スーツケースの持ち手を渡す時、不意に触れた須藤さんの指が数分前のエレベーターでの出来事をフラッシュバックさせる。
こうなった時のあたしは、恋に落ちたってことなんだ。
こんな簡単に落ちてしまう自分に、心底嫌になるけれど、この気持ちの止め方がまだ分からない。
最初のコメントを投稿しよう!