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ヴーッと低い音が、車内に響く。
乗ったことのない、右側の席。
「素敵なお車ですね。」
マニュアル通りの言葉しか出てこない自分に、ちょっと嫌気がさすけど車に詳しくないから仕方ない。
「ありがとうございます。この車に女性を乗せるのは、沢井さんが初めてですよ。」
「えっ?!」
それって、どういう意味ですか?
失恋明けの今のあたしには、そういう言葉は、刺激が強過ぎて…。
「それとも、他のメンバーがお送りした方が良かったかな?」
「そうじゃなくてっ。」
「じゃあ、僕で良かった?」
肘を突いて片手でハンドルを切る須藤さんの横顔は、どこか危険な香りがする。
いつの間にか、言葉もフランクになってきていて。
須藤さんで良かったです。
須藤さんが、良かったんです。こんなシチュエーションになるなら。
って、言えたらいいのにな。
「……っ。」
とあるお店のパーキング。
バックで車を停める須藤さんの顔が、グッと近付いた。
昔のトレンディドラマでありそうな、よくあるシーン。
こんなの見飽きて、聞き飽きて辟易してるのに、相手が違うとこんなにときめくものなのか…。
「着きました。どうぞ。」
外からドアを開けて、手を添えてくれるジェントルマン。
お店の引き戸も、そっと開けて先に通してくれる。
「そう言えば、沢井さんはお酒強いですか?」
「程々です。強いとは言えないと思います。」
皆さんがいる個室の少し手前。
ヒールを履いていても、それでも届かない高さから、あたしを優しく見る視線にクラッとしそう。
「分かりました。飲み過ぎないように、お互い楽しみましょう。」
背中にさり気なく添えられた掌が、行先を示してくれた。
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