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「遅くなりました…。」
「もー先に始めちゃおうかと思ってたよー?」
上田さんが元の調子に戻ってくれたみたいで、場の雰囲気も和やかになっていて。
あとは、あたしが平常心を取り戻すだけか…。
「っていうか、何してたの?蒼(あおい)ちゃん。」
あおいちゃん?
「だから、名前で呼ぶなって。
何もしてないよ。ただ一緒に車で来ただけ。
ね、沢井さん。」
「あ、はい。ありがとうございました。」
ね、って言いながら微笑む須藤さんのせいで、また平常心が遠退いていった。
「沢井さん、赤くなってるー!須藤、絶対何かしただろ?!
あの車に乗せること自体、怪しいって。」
上田さんに便乗して、大井さんまで…。
「何もないって。もういいから、早く飲もう。」
空いている座布団は、2つ並んでいてほしかったけど…。
1つは、奥の列の中央に設けられた、こっちの課長の席の隣。
もう1つは、テーブルを挟んだ上田さんの3つ隣。
ここは社会人として、課長の隣に座るのが筋だよね…。
もっと須藤さんと話したいのに。
何もなかったのは、須藤さんだけで、あたしにとっては何かあった、ここまでの時間。
「あ、そうだ、渡すの忘れてた。」
和食屋さんならではの格好をした店員さんが、瓶ビールや前菜を次々と運んでくる中、須藤さんの後ろを通って、課長の隣へ向かうあたしは引き留められた。
「須藤 蒼です。バタバタしてうっかりしてました。」
「あ、先にいただいてすみません。あたしも…。」
バッグの中から、名刺入れを出す手が震えている。
「沢井 千紗です。よろしくお願いします。」
あたしの名刺を須藤さんが受け取った瞬間、僅かに触れた指先に、電流が走った。
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