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航太は、自分の言いたいことをハッキリ言わない。
今みたいに、濁して断定しない。
ずっとそうだった。
どこに行きたいか聞いても、何を食べたいか聞いても。
「千紗の好きなところでいいよ。」
「千紗の好きなもの食べよう。」
……って。
あたしは、航太の答えを聞いているのに。
友達に紹介された時、『航太は相手を傷付けないように気を遣うヤツなんだよ』って言われたっけ。
そう?すでに傷付いてますけど。
バッサリ『別れて』とは言えるのに、悪者になりたくないから言葉を選んでるだけじゃない。
ただの、自己防衛。
こんな男に、1年間費やしたと思うと、フラれる理由なんて本当にどうでもよくなった。
「もういい。別れよ。じゃあね。」
あたしを引き留める航太の声なんか、耳に入らない。
入ってても、知らない。
最低だ、2人とも。
本当に航太のことが好きだったら、こんなに冷めた気持ちにならないはず。
航太も、あたしのことが本当に好きなら……あんなに自分を正当化しない。
ちょうど青信号になった横断歩道を、ヒールを鳴らして進んでいく。
まだ泣くのは早い。家のドアを開けるまでは泣かないんだから。
下唇をキュッと噛んで、地下鉄の入り口へ吸い込まれるように階段を下りる。
2人とも、自分が好きなだけだった。
2人とも、恋をしたいだけだった。
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