矢印が動くとき

8/18
前へ
/399ページ
次へ
「シュッとしたお兄さん、あたしとも撮ってください。」 「やめろよ、真似するの。」 彼の困った笑顔が大好きだ。眉尻が少し下がって、目元がくしゃっとなる。優しさがにじみ出たような甘さに、あたしは溶かされたくなる。 「……こうしたら、海も写るか?」 自撮りモードに設定した携帯をかざし、彼がそれを持ってくれている肩に頭を乗せて、お互いの顔を近付けた。 「……うん、いい感じに撮れたね。」 肩を寄せ合って確認する画面。返事をするのに彼を見たら、何の前触れもなく短いキスをされて、あたしの瞬きが速くなった。 もう、甘えたい。我慢なんかしなくていいんだもんね。 繋いでいた手を自分から解いて、彼の腕に巻きつくように絡んで歩く。時々見上げる彼の顔には精悍さもあって、口角の上がった唇はいつでも触れたくなる。 人気のない岩場まで下り、近くで海を眺める。 一層強くなった海の匂いは、夏の思い出を濃くしていく。 「須藤さん。」 「ん?……あ、そこ危ないからゆっくり進んで。」 岩の隙間をまたぐだけでも、大切に扱ってくれる彼の優しさがじんわりする。 「……蒼って、呼んでいい?」 「当たり前だろ?いつまで須藤って言われるのかと思ってたくらいだよ」 行き着いた大きな一枚岩の上で、ギュッと抱きしめてくれた彼は、夏の日差しに負けないくらい眩しい笑顔を見せてくれた。
/399ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5349人が本棚に入れています
本棚に追加