0 ーゼロー

3/29

5338人が本棚に入れています
本棚に追加
/399ページ
「あっつ…。」 自然と口を衝いて出てきたのは、予想を上回った体感温度に対する感想。 「しかも、なんでここなのかな…。」 指定された待ち合わせ場所は、神様の悪戯なのか、土曜に行ったばかりのカフェと同じお店。 「沢井さんですね。お迎えにあがりますので着いたら連絡ください。それと、今日の大阪は真夏日なので、涼しい格好でいらしてくださいね。」 まだ1度しか聞いてないその声は、電話越しだけど…魅力的だった。 ほんのちょっとだけ期待しちゃうのは、女だからなのか、あたしだからなのか。 「お待たせしました。初めまして、須藤です。」 関西弁を流暢に話しながら行き交う人たちにボーっと見入る、あたしの右耳を擽ったその声は、低くて甘くて、柔らかい。 そして何よりも、須藤さんは、あたしのタイプ。 「沢井です。わざわざすみません。よろしくお願いします。」 「少し涼んでから行きましょう。」 「はい。」 平然を装って須藤さんについてカフェに入るけど、あたしの身体は、ますます火照っていく。 「いかがされましたか?」 向かい側でアイスコーヒーをテーブルに置いた須藤さんが、ほんの少し微笑んであたしを見つめていて。 「えっ?」 「ボーっとしてるから。暑さに負けてしまいましたか?」 「あ、そ、そうですね。思ったよりもずっと暑くて…。」 本当は、須藤さんの声や外見に心が浸食されていたなんて言えない。 初対面なのに、こんなに惹きつけられるなんて自分でも軽いって思っちゃうけど……でもきっと他の女性(ひと)だってそうなってもおかしくない。 それくらい、須藤さんは素敵だから。 グラスに入ったストローで、氷を泳がせる須藤さんの左手に、あたしの視線が留まった。 やっぱり、そんな上手くいくわけがないんだ。 須藤さんの左の薬指には、あたしを寄せ付けないプラチナがある。 ドキドキした時間は、一瞬にして終わった。 この短時間で、恋をして失恋まで味わったような、そんな気分。 ――もし神様がいるとしたら、やっぱり意地悪だと思う。
/399ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5338人が本棚に入れています
本棚に追加