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「あっつ…。」
自然と口を衝いて出てきたのは、予想を上回った体感温度に対する感想。
「しかも、なんでここなのかな…。」
指定された待ち合わせ場所は、神様の悪戯なのか、土曜に行ったばかりのカフェと同じお店。
「沢井さんですね。お迎えにあがりますので着いたら連絡ください。それと、今日の大阪は真夏日なので、涼しい格好でいらしてくださいね。」
まだ1度しか聞いてないその声は、電話越しだけど…魅力的だった。
ほんのちょっとだけ期待しちゃうのは、女だからなのか、あたしだからなのか。
「お待たせしました。初めまして、須藤です。」
関西弁を流暢に話しながら行き交う人たちにボーっと見入る、あたしの右耳を擽ったその声は、低くて甘くて、柔らかい。
そして何よりも、須藤さんは、あたしのタイプ。
「沢井です。わざわざすみません。よろしくお願いします。」
「少し涼んでから行きましょう。」
「はい。」
平然を装って須藤さんについてカフェに入るけど、あたしの身体は、ますます火照っていく。
「いかがされましたか?」
向かい側でアイスコーヒーをテーブルに置いた須藤さんが、ほんの少し微笑んであたしを見つめていて。
「えっ?」
「ボーっとしてるから。暑さに負けてしまいましたか?」
「あ、そ、そうですね。思ったよりもずっと暑くて…。」
本当は、須藤さんの声や外見に心が浸食されていたなんて言えない。
初対面なのに、こんなに惹きつけられるなんて自分でも軽いって思っちゃうけど……でもきっと他の女性(ひと)だってそうなってもおかしくない。
それくらい、須藤さんは素敵だから。
グラスに入ったストローで、氷を泳がせる須藤さんの左手に、あたしの視線が留まった。
やっぱり、そんな上手くいくわけがないんだ。
須藤さんの左の薬指には、あたしを寄せ付けないプラチナがある。
ドキドキした時間は、一瞬にして終わった。
この短時間で、恋をして失恋まで味わったような、そんな気分。
――もし神様がいるとしたら、やっぱり意地悪だと思う。
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