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大阪支社のあるビルに入ると、ひんやりとした空気が纏わりついた熱を拭うようにあたしを包んだ。
「沢井さん、今夜、こちらの課長と私の仲間がご一緒したいと言っているのですが、何かご予定はありますか?」
2人きりのエレベーター。
須藤さんは既婚の可能性が高いのに、素敵な人と一緒に乗っているという現実があたしの緊張を一層高まらせる。
さっき会ったばかりなのに、仕事中なのに、須藤さんのことが頭の中をグルグルと巡っていて。
「沢井さん?」
ヒョイっと視界に飛び込んできた、須藤さんの顔。
「ひゃっ!」
驚いて身を引いてしまって。
買ったばかりのハイヒールを履いた脚は、見事にバランスを崩した。
スローモーション。
このあと訪れる衝撃に、自然と身体が備える。
……ん?あれっ?
一向に訪れない、衝撃。
それどころか、フワリと浮いているような感覚で。
ギュッと閉じた目を開くと、須藤さんがあたしごと掬い上げるように受け止めていて。
「大丈夫?」
って、吐息がかかるほどの距離で、視線が絡まった。
「だ、大丈夫ですっ。すみませんっ!」
状況を把握して、須藤さんの腕から離れようとしたけど、十分に足が床についていない。
「こちらこそ驚かせてしまってごめんなさい。」
「本当、すみません。」
体勢を元に立て直してもらうと、改めて頭を下げた。
「それで、今夜…どうですか?」
「今夜?」
「本当に聞いてなかったんですね。」
聞いてませんでした…貴方のことばかり考えていて…。
「今夜、みんなでお食事に行きませんか?」
「はい。よろしくお願いします。」
顔が紅潮しているのが分かる。
頬に手を当てて冷まそうとするけど、須藤さんが困ったように微笑む表情が、それを許してくれなくて。
「沢井さんって、意外な人ですね。今夜が楽しみです。」
ちょうどエレベーターの扉が開いて、須藤さんが〈開〉のボタンを押して、先にあたしを降ろしてくれた。
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