7人が本棚に入れています
本棚に追加
◆◆かたつむりの憂鬱◆◆
<1>
仏滅凶日、外はドシャ降り。
一世一代、私の晴れの日。
バージンロードを歩くまで、1時間を切った。
だけど、私はココにいる。
父と弟と、嫁入り前夜を過ごしたホテルの一室で、ただジッとベッドに腰掛けていた。
鍵をかけた扉の向こうでは、なかなか出てこない花嫁に混乱が広がっている。
ホテルのスタッフの戸惑った声。
「美知(ミチ)! 一体どうしたんだ? せめて……せめて顔を見せてくれないかっ!?」
新郎は――晋太郎(シンタロウ)さんは私をなだめようと必死だ。
♪~ ♪♪ ♪~
枕の下に突っ込まれたスマホが、くぐもった歌を歌う。
弟の彼女が大好きな、バラードの名曲だ。
そういえば賢人(ケント)から携帯にメールを貰ったのは、初めて……のような気がする。
文面を見て、思わず笑いがこぼれた。
「天岩戸(アマノイワト)かよ」
そして、大きく行が開いて、最後に――
「オレたちは平気だから。無理しなくていいから」
賢人らしい要点だけの、短くそっけない文章。
けれど……。
私は少しためらって。
でも、覚悟を決めて。
つい先日送られてきた差出人不明のメールを、添付された動画ごと弟に転送した。
「私には結婚する資格がありません」
その、一言を添えて。
ドアの向こうから、私の好きなアーティストの歌が微かに聞こえた。
<2>
そこそこ頑張って、けっこう真面目に生きてきた……と、思う。
母を事故で亡くした同じ年に、私の高校受験と弟の中学への進学とが重なった。
悲しみに浸る間もなかったけれど、あの時はそれで良かったと思う。
企業の研究所に勤める、どちらかといえば学者肌で世情に疎い父を心配して、親戚からは再婚の話もたびたび上がってた、と聞いたのは最近のこと。
でも、いつもは流されやすい気弱な父が、何故かソレだけは頑として受け入れなかったらしい。
家族三人、できることは自分で、出来ないことでも補いあえるところは力を貸しあった。
父の選択が正しかったかは分からない。
でも、間違いだったとも思わない。
私も弟も、「母親がいないから」と言われたくなくって、頑張れたから。
でも。
母が亡くなって、干支が一回りして。
弟の就職と大学の卒業が決まって。
少し、肩の力を抜くことを許しちゃったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!