◆◆かたつむりの憂鬱◆◆

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◆◆かたつむりの憂鬱◆◆

<1>  仏滅凶日、外はドシャ降り。  一世一代、私の晴れの日。  バージンロードを歩くまで、1時間を切った。  だけど、私はココにいる。  父と弟と、嫁入り前夜を過ごしたホテルの一室で、ただジッとベッドに腰掛けていた。  鍵をかけた扉の向こうでは、なかなか出てこない花嫁に混乱が広がっている。  ホテルのスタッフの戸惑った声。 「美知(ミチ)! 一体どうしたんだ?  せめて……せめて顔を見せてくれないかっ!?」  新郎は――晋太郎(シンタロウ)さんは私をなだめようと必死だ。  ♪~ ♪♪ ♪~    枕の下に突っ込まれたスマホが、くぐもった歌を歌う。  弟の彼女が大好きな、バラードの名曲だ。  そういえば賢人(ケント)から携帯にメールを貰ったのは、初めて……のような気がする。  文面を見て、思わず笑いがこぼれた。 「天岩戸(アマノイワト)かよ」  そして、大きく行が開いて、最後に―― 「オレたちは平気だから。無理しなくていいから」  賢人らしい要点だけの、短くそっけない文章。  けれど……。  私は少しためらって。  でも、覚悟を決めて。  つい先日送られてきた差出人不明のメールを、添付された動画ごと弟に転送した。 「私には結婚する資格がありません」  その、一言を添えて。  ドアの向こうから、私の好きなアーティストの歌が微かに聞こえた。 <2>  そこそこ頑張って、けっこう真面目に生きてきた……と、思う。  母を事故で亡くした同じ年に、私の高校受験と弟の中学への進学とが重なった。  悲しみに浸る間もなかったけれど、あの時はそれで良かったと思う。  企業の研究所に勤める、どちらかといえば学者肌で世情に疎い父を心配して、親戚からは再婚の話もたびたび上がってた、と聞いたのは最近のこと。  でも、いつもは流されやすい気弱な父が、何故かソレだけは頑として受け入れなかったらしい。  家族三人、できることは自分で、出来ないことでも補いあえるところは力を貸しあった。  父の選択が正しかったかは分からない。  でも、間違いだったとも思わない。  私も弟も、「母親がいないから」と言われたくなくって、頑張れたから。  でも。  母が亡くなって、干支が一回りして。  弟の就職と大学の卒業が決まって。  少し、肩の力を抜くことを許しちゃったのだ。
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