崖に棲む猫

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オレは近付いては離れ、 またちょっと近付いて逃げをくり返し、女を崖から連れ出した。 住みかのすぐ近くにあるこの崖は、 普通の大きな道路からちょっと離れるだけの場所にあった。 女を崖から連れ出すと、 道路の向こうにはバスが止まっていた。 田舎のバスってのはたまに妙な待ち時間があるもんだ。運転手も降りて一服していた。 そんな風景を目の前にして、 女の目に迷いが生まれるのをオレは見逃さなかった。 女がぼうっと町を眺めている隙に、 ようやくオレはクッキーを受け取った。 「あっ・・・」 なでる事ができずにクッキーだけ奪われて、 女は少し恨めしげにオレを見た。 オレもまた目を見返した。 しばらく目を覗きこんだ後、 今度はバス停の方を向くと、近所のオバちゃんが手招きしていた。 地元の主婦が、 使いもしないのにバス停でのんびりくつろいで、自分で勝手に名前を付けたネコと戯れる。 絵に描いたような田舎だな、ここは。 オレに釣られてバス停の方を向いた女は、 自分が呼ばれたのかと思ったのだろう、慌ててうつむきコートのえりに隠れるように小さくなった。 オバちゃんに呼ばれたオレは、 クッキーをくわえたままバス停の方へ走った。 「あ、待っ・・・」 また女の小さな声。 オレは一度振り返って女の目を覗きこむと、またバス停のオバちゃんに走り寄った。 クッキーを口から放すと、 オバちゃんはオレをなでて言った。 「こんにちは、 クロちゃん。 クッキーくれるのかい?ありがとうねー」 なでられながらもう一度、 オレは女の方を見た。
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