第十九章

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『2年1組山本ツトム君、職員室まで来てください』 放課後の校内に、荒い音のアナウンスが響いた。 呼ばれている当の本人である僕の耳には、教師の穏やかな口調よりも印象的に飛び込んでくる。 「会長、呼び出しですね。」 ほうきを持った女子生徒がにやにやしながら歩み寄ってくる。 ここは生徒会室だ。 生徒会の人間は週に数回ここに集まって、掃除をしてから会議を行うことになっている。 「…みたいだね。だが、僕はまだ会長じゃないよ、櫻井さん。」 「だーって、来月になって3年になったら会長になるのは決まってるじゃないですかあ。」 「あぁはいはい、そうだね…。」 部屋に来たばかりの僕は、荷物を机に置いて、椅子に腰かけようとしたまさにその瞬間で、 まるで映像を巻き戻すかのように椅子を元に戻し、鞄を手に取る。 「じゃ、ちょっと行ってくるから。皆が集まったら、悪いが僕は呼び出されたと伝えておいてくれるかい?」 「わかりましたー。いってらっしゃい会長!」 どうやら1年生の櫻井さんは僕の呼び名を変える気はないらしい。 諦めて彼女に手を振り返し、部屋を後にする。 僕は高校3年生になろうとしていた。 真美と同居して、市立の中学に通うようになり、 程なくしてスリヤも同じマンションに引っ越してきて3人での生活が始まった。 当然だが真美1人が家計を支える状況で、決して裕福な暮らしではなかったが それでもまるで家族のような、穏やかな日々を過ごした。 病院勤務になった真美は時折夜勤もしていたので、 家事は全て僕とスリヤが行う。 けれど体育祭などの行事がある日は、 どれだけ早い時間にでも起きて、真美が弁当をこさえてくれる。 彼女が何故そこまでしてくれるのかは、わからない。 だけど、どうにかして恩返しはしなくてはいけない。 僕は初め、高校に進学する気はなかった。 一日でも早く働き、真美に還元しなければいけないし、 叶うならスリヤと二人独立したかった。 けれどまた真美はそれを赦してはくれず、 だったらせめてと、僕は必至に勉強して、高校には特待生として無償で通うことになっている。 どうしてこれ程までに幸せに生きていけるのだろう。 理由は明確だ。 僕に絡みついていた鎖は、外されていたのだから。
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