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生徒と先生の立場から、養われている側と養う側に変化した今、その立場関係たるや、以前の比ではない。
僕はできるだけ体を小さくまとめて椅子に座っていた。
「成績はずっとトップなんでしょ?だったら推薦なり、特待なり、どうとでもなるじゃない。なーにをそんなに頑なになるのよ!」
「…だってね真美さん、学費は無料になったとしても、学生である以上生活面は真美さんに迷惑かけ続けることになるじゃないですか。」
「あーもーあんたは本当に、面倒くさいわね!スリヤをちょっとは見習いなさいよあの奔放ぶりを!」
真美も手を洗い、僕の前まで歩いてきた。
座った僕を見下ろしながら、鼻息も荒く捲し立てる。
全ては彼女の好意なのだ。
それを片っ端からはねつけている僕の方が無礼極まりないのだろう。
「…ごめんなさい。でも、もう、決めましたから。」
精一杯の笑顔で告げると、勿論解せないといった顔で真美は僕を睨む。
そしてため息を大げさな程に吐き、廊下に向かって「スリヤーご飯よー!」と叫んだ。
スリヤはこの春中学三年生になる。
中学に上がるタイミングで、健の実家である児童養護施設から引っ越してきたが、
その時彼は、僕と同じ色をした髪を、黒く染めた。
流石に瞳の色はまだ変えることが出来ないから深緑のままだけど、
それは「親戚に外人がいるらしい」という設定にしているそう。
痣の出ない彼は、これで一見普通の人間なのだ。
彼は今まで自らの境遇についての不満を、僕に語ることはそうなかったのだが、
けれども彼なりに思うところはあったのだろう。
周りに染まって生きるのも悪くない。
結局のところ、多数派の意見や思想が尊重される世の中だから。
「っしゃー!真美さんのご飯久々―!」
自室に籠っていたスリヤが意気揚々とリビングに現れた。
背も伸びて、僕に追いつこうとしている。
僕だって中学の頃に比べて随分と大きくなった。
元々小柄な真美の頭は、今や僕の胸元あたりにあるのだから。
「スリヤ、部屋で何してたの?」
「えー?宿題だよ。まだギリギリ2年生だってのにもう受験モードで、しんどい。」
「はは、そんなモードはすぐに終わっちゃうよ。」
「俺には兄ちゃんの脳みそみたいな高性能な機能ねぇもんよー。」
僕ら兄弟の会話を、真美はいつも楽しそうに聴いて、声を上げて笑っていた。
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