第二十章

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真美はソファに寝転びながらテレビのリモコンを操作している。 平日の昼間なんて、決まったワイドショーばかりだが、 世間は春休みに突入している期間でもあるため、時々特番が組まれている。 野菜を切りながら、少し遠いが僕もテレビを覗き見る。 この部屋のテレビは四六時中点いているから、芸能人にも大層詳しくなった。 世の中の流行りなんかも。 染みついたこの喋り方はどうも治りそうにないが、世間知らずだった昔よりよっぽど常人に近づいただろう。 「…ツトム君!」 「はい?」 真美の叫び声に顔を上げる。 僕の問いかけに、返事はない。 何事かと、包丁を置き手を洗って、彼女の元に歩み寄った。 真美は同じ姿勢でテレビを観ていただけだった。 だが次第に前のめりになって、眉間に皺を寄せていく。 「ねぇ、あれ…見て。」 「え?どれですか?」 細い指がさすのは、画面の中央。 画面の方を向くと、放送されているのは野球の試合だ。 広い球場に、白いユニホーム、だが選手の顔は皆若い。 画面をよく観ると試合は高校の野球部同士のものらしい。 左上には「春のセンバツ」なんて言葉が掲げられている。 そして真美の指先は、今まさにバッターボックスに向かっている一人の選手を指していた。 高校生にしては体つきが良い。背も高い。 胸を張り勇ましく歩く姿は、この試合への緊張感なんてもの一切感じさせない。 「ミツ君よ。これ。」 バッターの顔が大きく映し出されるのと同時に、真美が言った。 強い日差しでヘルメットの影が顔に落ちている。 僕は真美の隣で、画面を眺めた。 カメラが打者を捉えたままだ。 白いユニホームの全面には高校の名前が入り、 バットを構える選手の背中がちらりと前面を向いた時、そこには「YOSHIHATA」の文字がある。 「…まさか、」 「まさかなわけないでしょ。」 「…なんで…」 はみ出している襟足は、高校球児とは思えない真っ赤だ。 時折アップに映し出される顔は、 どう考えても僕が知っている男の面影を残して、 でも明らかに凛々しく、成長した青年の表情をしている。 「…ミツ、だ…」 瞬間、次々と脳裏に映像が駆け巡った。 まるで今の今まで、奥底に蓋をして隠していたものが弾みで飛び出すように。
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