第二十章

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僕に生きる勇気をくれた。 僕を綺麗だと言ってくれた。 バカなのに一生懸命、沢山のことを僕に教えてくれた。 僕の故郷を一緒に見た。 僕を必要としてくれた。 僕を愛してくれた。 僕を受け入れて、抱いた。 僕が突き放した、ミツ。 ミツの笑顔が、怒った顔が、 別れ際に僕に向かって泣き叫ぶ姿が、衝撃のように込み上げる。 微動だに出来ず、口も空いたまま画面を凝視するしかなかった。 いつの間にか打者は、いとも簡単にホームランを放っていた。 嬉しそうな顔をして監督らとハイタッチする姿までカメラが追っている。 ヘルメットを外した彼は、やはりあの頃と同じ真っ赤な髪をしていた。 周りの選手は皆、丸坊主だというのに。 やっぱり、バカなままなんだろうか。 「すごいわね~ミツ君。4番ピッチャーだって!聞いてた?」 「えっ…?」 「…ちゃんと野球続けてたのねー。」 穏やかな表情でミツを見つめる真美。 4年ぶりに見る生徒の姿は、単純に感動に値するものなのだろう。 だが僕の耳にはテレビのアナウンスも、何も、ろくに届かない。 もしかしたら、メルタニン学園で過ごした1年間は、僕の妄想が入り混じってたのではないかと考える時もしばしばあった。 何年も会っていない人のことは、存在すら不確かになるもので、 ましてや行方をくらましたに近い僕の連絡先なんて知る人間は健と潤くらい。 つまり、あの時同じ空間で過ごした人々との関わりはほぼ断たれているのだ。 ミツも、同様だ。 そうなると僕が経験した日々は、僕の欲望が見せた夢ではないかと薄ら考えるようになる。 結果的に思考は随分と前向きに矯正されたのだから、良いのだろうが。 実際は、思い出にすら留めておけなかったのだ。 何故なら思い出は、振り返ってしまうから。 元気そうで、良かった。 野球も続けているし、目標だった甲子園にも出ているじゃないか。 君の選んだ道を進んでいる様子が、こんな形で見れるなんて。 僕も一緒に喜ばなくちゃいけない。 なのにじわりじわりと、涙が溢れて止まらない。 ミツ、ミツの温もりを思い出した。 君はいつも体温が高くて、ミツの香りがしたんだ。 コロコロと表情を変えて、 僕を笑わそうとしてくる。 僕を幸せにしようとしてくれたミツ。 思い出してしまった。
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