第二十章

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止まらない回顧は、心拍を加速させる。 取り留めのない一瞬や台詞が、なんと明確に思い出されることか。 自分の耳に届くほどの強さで脈は打たれ、それに伴って息が上がってくる。 まるであの日、彼と別れた後のように。 「…ツトム君?…どうしたの?」 真美が気づかないはずもなく、隣で涙を流しながら俯いていく僕の肩を揺すった。 何度も名前を呼ばれるが、嗚咽で返事もできない。 涙で視界が霞んでいく。 顔を上げるともうミツの姿は無く、別の選手が映し出されていた。 「…ごめん、なさい、これは…その…」 「ねぇ、…貴方、何があったの?」 「…っ、」 「ツトム君、やっぱり、ミツ君と、何かあったの?」 覗き込むように、諭すようにして真美が僕に問う。 彼女はかつて、病院でも同じことを聞いてきた。 だが僕はあの時、言葉を発することもできなかったし、答えるつもりもなかった。 しかし今この状況で逃れる術は最早無いのかもしれない。 突然、ある人物を見て泣き崩れる男を不審に思うのは当然だろう。 真美なら受け入れてくれるのだろうか。 何か解決策でもくれるのだろうか。 今まで甘えに甘えてきた僕を、まだ許してくれるのだろうか。 ぐらつく頭を片手で支えて、整わぬ息のまま、僕は声を絞り出した。 「…真美さん、僕は、今、…毎日、とても、…幸せです。」 「…うん。」 「でもっ、…あの時、あの学園に居た時は、…あの時もまた僕にとっては、忘れられない、幸せな時でした。」 「そうね。」 少し不安そうだがそれでも笑みを浮かべて、真美は僕の背中を撫でる。 その手の動きに合わせてゆっくりと深呼吸をしてから、振り返って彼女の眼を見つめた。 これで貴女に拒絶されるかもしれない。 でもそうなれば、僕は今こそ過去にけじめをつけられるかもしれない。 「僕は、…ミツを愛していました。」 僕の言葉に、真美の反応は無い。 けれど目線は僕を真っ直ぐ捉えたままだ。 「ミツも僕を、とても…愛してくれました。」 「…でも、離れ離れにならなくちゃいけなくなった?」 「違うんです!…僕が、彼を…突き放したんです…!」 つい荒げた声に真美は一瞬驚いた顔をしたが、 背中から手を離したかと思うと、彼女の胸元に頭を抱える形で抱きしめられた。
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