第二十章

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こんなに人の温もりを直に感じたのは、いつ振りだろう。 抱き締められる懐かしい感触が追い打ちをかけるように、また僕の涙が溢れる。 その涙を拭うことも出来ず、彼の姿を映したテレビを虚ろに見つめた。 「…彼が、彼の道を進んでいることを…祝わないと、いけないのにっ…」 「ツトム君、いいのよ。」 「でも、っ僕は、…やっぱり、ミツが居ないと…!」 「ツトム君!」 頭の上で、真美が叫ぶ。 こんな風に、震える声で呼ばれたのは初めてだ。 細い腕で、僕を力一杯抱き締めてくる。 華奢な彼女の身体に、力なくもたれ掛る自分が情けない。 彼が僕を半ば固執するように求めてくれたから、 だから彼を拒もうと決めたのに、 結局は僕が、頼り切っていたのだ。 こんな形で実感したくはなかった。 こんなことならば、あの日僕らが交わした、 「自分が決めた道を進んだ先で人生が交差するなら、その時にまた会おう」 なんて約束さえも、穢してしまいそうである。 真美はじっと黙って、僕の髪を撫でて、 時折腕に力を込めた。 13歳の頃だって、真美には悟られないように演じた。 自らの生徒が同性愛者だと知れば、通常は動揺するだろう。 もしかしたら拒絶されるかもしれない。 いくら今まで面倒を見てくれた彼女でも、 今まさに腹の底で僕を侮蔑しているかもしれない。 後悔の念と共に、 それでも彼女に抱き締められながら、徐々に平静を取り戻そうとしている自分も居る。 「…仲が良いとは、思ってたけど、知らなかった…」 ポツリと真美が呟く。 「それは、とっても、辛い決断をしたわね…」 言いながら、また優しく僕の髪を梳いた。 「でもね、今の貴方の姿を見る限り、…私はもう、忘れてもいいと思うわよ。」 あくまで優しく、僕に語りかけてくる。 けれど言葉は、想像したよりも鋭く刺さってきた。 ゆっくりと体を離し、真美を見上げると、 何故か真美も泣きそうな顔をしていた。 どうして、貴女が、そんな顔をするんだ。 僕のために? わからない。 醜い僕の執着を、軽蔑しますか? 小さな掌が僕の頬にあてられ、親指の腹で涙の筋を拭い取られる。 「ツトム君の決断が、貴方達を傷つけたのかもしれないけれど、でも、もうこれ以上苦しむ姿は見たくないわ。 だからもう、過去に貴方が下した決断のことは、忘れなさい。」
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