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「良かったじゃないか、お前が必要とされる場所があるなんて。」
僕が思っていたことそのまま、父が言った。
特待生の話を伝えた直後だった。
父は男の自分から見ても美しい人だった。
けれど僕は、そんな父よりも母に似ていた。
もうずっと前に、亡くなった母。
小さかった自分には、何故亡くなったのかはよくわからなくて、今もその謎を解き明かそうとは思えないでいる。
ただ記憶の隅にあるのは、
僕と同じ緑色の髪に、大きな瞳と、白い肌と、
乱れた服から覗いた、刺青のような痣の模様。
僕は母を、美しいと思っていた。
儚げで生気がないのに、神聖だった。
「スリヤはまだ四年生だから、流石に一緒に連れていくことはできそうにありません。
だから、僕が居なくなったら、彼のことをよろしくお願いします。」
「そうだな、勿論だ。」
父は盃を傾けながら、ちらりと僕を見る。
「あの女によく似たお前が視界に入らなくなるなら、こちらも大助かりだ。」
「…そうですか。」
「そうだ、そのお前の気味の悪い容姿、トカゲのようで、迷惑だった。世間様も街からお前が消えて有り難いだろうよ。」
「…はい。」
「…その態度から、何から何まで醜いな。あの女そっくりだ。あぁ、良い知らせをありがとうよ。」
空いた盃を掲げると、スリヤがなにも言わずに酒を継ぎ足した。
スリヤは父の面影を強く持っている。
だから僕ほどは拒絶されていなかった。
兄が父に罵倒されている様子なんて、見たくもないだろうし、見せたくもなかった。
だから目の前から消えようと思った。
それは逃げる、じゃない、
自分が消えることでみんなが幸せなら、そちらを選択したかった。
僕は開かれた道を歩くことになった。
持っていく荷物なんて何もない。
旅立ちの朝、目一杯スリヤを抱き締めた。
醜い僕に抱かれたスリヤが、汚れてしまうかもしれない
でも、僕は抱き締めたかった。
弟は、強く抱き返してくれた。
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