first:circus

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突然現れた異形の者。 それから逃れるために、観客達は我先にと入口へ群がった。 しかし、 「ひ…一人じゃない…!」 入口へ群がっていたはずの観客達は今度はステージの方へ流れ込む。 入口からは、先程の異形の存在が何十人もこちらへ侵入してきた。 「何なんだ一体…」 僕は肝心なことを忘れていることに気づき、再びステージの水槽を見る。 水の中では、目の前の現実が受け入れられずにいるリリーがいた。 「リリー!」 観客を掻き分けて水槽へ手を伸ばそうとする。 だが、観客の混乱に翻弄され、なかなか近づくことが出来ない。 突然、何かに足をとられ、床に転んだ。 観客に全身を踏まれ、痛みが走る。 足元にいたのは、異形の者だった。 異形の者はベルの足に噛みつく。 「うわああああっ!」 引きちぎれるような痛みに、ベルは無意識に異形の者の頭を蹴り飛ばす。 「リリー…っ」 人の腕や足がバラバラになっているのも、もう感覚が鈍り、ただの障害物しか見えなくなった。 生まれて初めて、生きるという本能に目覚めさらせれたのだった。 「リリー!」 足を引きずり、水槽へと近づこうとする。 水槽は割れ、地下はだんだんと水を溜め始めていた。 「ベル!」 「リリー!どこだ!?」 水が膝の上辺りまで浸水してくる。 そのせいか、観客は更に焦燥にかられ、混乱を酷くした。 掻き分けても掻き分けても観客ばかり。 「リリー!」 ーーシャラン… どこかで、聞き覚えのある音がなった。 音の場所を探すと観客達の間から手錠がかかった小さな腕が。 ベルは必死にそこへ手を伸ばす。 「リリー…!」 あと少し… 少し指先が触れたが、急に水槽がすべて割れ、水が大量に地下へ流れた。 その水圧とすさまじい振動に、地下の天井なども崩れていく。 ベルとリリーの距離は、離れてしまった。 「ベル!」 「リリー!」 ーそれが、最後のリリーとの会話だった。 僕の体は水に入る。 視界は真っ暗。 リ… 僕の記憶は、そこで途絶えた。
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