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家に着くなり、自分のズボンに沈んでいたものが微動する。
それがとても重く感じ、仕方なしに携帯を取り出した。
「…もしもし」
けだるそうに言うと相手は険悪に彼をののしる。
「わかった、わかったから」
それもいつもの事だろうか、佐伯は半ば適当に相槌を返している。それは耳にタコと言わんばかりに顔が歪んでいく。
「仕事はついてるし、楽しいから、あぁもう、わかったよ、次顔出すから」
うんざりするようにそういうと、佐伯は乱暴に携帯を閉じた。
総じていうなれば、電話の相手は母親である。
幼所期から母親は佐伯には甘く、そしてどこまでも心配性であった。それは大人になっても変わらず、子が親離れしたのに、親が子離れをしない。
毎週電話はかかってきて、仕事は楽しいか、食っているのか、はたまた部屋の掃除をしに行こうかなど、とことん干渉してくる。
それは数年前リーマンショックで自主退社された時からヒートアップしている。
派遣社員になったことに母親はよく思っていないらしく、息子にまともな職をと佐伯の人生の指針まで手を染めようとしていた。
佐伯に取って、リーマンショックの事は仕方がないことだと思っていたし、それに彼は当時の会社自体馴染めていなかった。
打って変わって、派遣社員としての仕事は佐伯に新たな発見を与えた。
えり好みするわけでもなく、興味が湧いた仕事には積極的に取り組んだ。
それは、今行っている派遣先でもそうだ。
一定の作業ながらも、一つの工程に重みのある仕事である。
簡単な為に重い仕事だ。人の命を運ぶ「車」関係の部品はたった一つのミスでも大損害になる。
佐伯にとって派遣社員という不安定な職に不満はなかった。
だから、母親が不満を漏らすのが許せないわけでもないが、毎回の小言電話に佐伯はうんざりしていた。
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