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“桜(サクラ)”は既に満身創痍だった。
複雑に入り組んだ路地を抜け、片道二車線道路の陸橋から、戸惑いもなく降下する。高さは優に数メートルは越えていた。
が、桜が気負ったのは一瞬だった。
着地に失敗し、下の無人駐車場を勢い余って転げながらも、華奢な体には傷一つ窺えない。制服と頬に煤(すす)が付いただけ。
直ぐさま、桜は視線を上げた。
「――逃げ切った?」
月夜をバックに地上数メートルに国道道路の陸橋が浮かんでいる。追跡者の姿はなく、桜はへたり込むようにして、駐車場のフェンスに体を預けた。
深夜、新宿。
宵闇は耳障りなほど静かだった。
「何度目だよ――ホント、冗談じゃない」
逃げ続けていたこともあってか、桜の消耗は激しい。幾ら“Magic installer”の作用で基礎体力が向上していると言っても、追跡者がアレでは身が幾つあっても足りはしない。
それに――
「バッテリーも残り少ないし」
制服から携帯電話を取り出して確認する。
学院指定の次世代型スマートフォン「Klang4S:クラング」である。
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